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「第2回パープルリボン作曲賞」 受賞結果発表!!
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■本作曲賞と受賞作についての報道→→2026.1.16『しんぶん赤旗』
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【謝辞】
従来、心理臨床家というものは、困難を抱えた方々への個別的な援助で事足りるとして、十分役目をはたしているとされてきました。それをわざわざ面接室から外へ出て、メンタルヘルス上の問題解決のために社会に打って出る、その音楽領域での長年の活動を、草柳は《パープルリボン作曲賞》にまで発展させました。
音楽を本職としない専門職・一個人が作曲コンクールを開催するという、無謀とも思える構想を立ち上げました。しかも、DV・性暴力の問題に携わる専門職の立場から推進、これが《パープルリボン作曲賞》の理念です。DV・性暴力という社会的課題に音楽が寄与する、それを作曲コンクールという形式でも可能であることを事実として証明してきたわけです。このような特質を持つ作曲コンクールは、おそらく世界でも類例がないに違いありません。何という野心的な試みであるか、自分で行いでありながら、自らを疑い、めまいを起こしそうになります。
ともあれ、2022年に第1回受賞作品を公示して完了したた本作曲賞も、第2回の事業を無事終えようとしています。これは、多くの方から本作曲賞への賛同をいただき、多数の作品の応募、本選会での演奏者による誠実さに満ちた演奏、という多段階にわたるご協力の賜物です。
現在、2025.11.25・第2回パープルリボン作曲賞本選会での応募作の演奏は、Youtubeを通じて公開されています。
第2回の事業の成功を受けて、第3回作曲賞も継続され、要項が決まりしだい、サイトに掲載される予定です。
末筆ながら、応募者の方々・演奏者への感謝とともに、皆様のご健勝と、さらなる活動の発展を祈念しております。
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【第2回パープルリボン作曲賞本選会の報告】
■第2回パープルリボン作曲賞本選会・演奏→→ https://www.youtube.com/watch?v=th5ARgKSoxo
2021年秋、非暴力の文化としての音楽財産を掘り起こす《パープルリボン作曲賞》を創設し、第1回事業では、その理念を持つピアノ曲を広く公募し、驚嘆すべきことに36作品の応募をいただき、本選会の開催を経て受賞曲が決定され、受賞結果と講評の公示まで、無事その事業を完結しました。
今回の第2回事業は歌曲の公募でした。締切りの2025年6月末までに、応募者23名から25作品という多数の応募をいただきました。9月に予選に相当する譜面審査を無事に終え、9作品が本選会に進むことと決定しました。
第2回パープルリボン作曲賞本選会は、国連・女性に対する暴力撤廃デー・2025.11.25、日暮里サニーホール・コンサートサロンにて行われ、ノミネートされた9曲が演奏されました。幸い会場はほぼ満員となり、素晴らしい熱気に包まれました。
応募曲の演奏も準備期間が短いながら、極めて質の高い演奏であり、感動の内に終幕しました。
今回、参加者と作曲者との交流の時間を設定しましたが、その際も活気にあふれ、会場を後にするのも名残惜しい雰囲気に満ちていました。
《当日会場にて、アートとのコラボ企画を実施しました.》
本選会の会場にて、アーティストによるパープルリボンを描いた瓢箪作品、他を展示し、演奏ステージに独特な雰囲気を添えました。来場された方々は、休憩・交流の時間に、興味深そうに鑑賞されていました。

◆ひょうたん作品展示・作家「池かんな氏プロフィール」
虐待サバイバーであり、ひょうたんアーティスト。デザイン学校を卒業後、インダストリアルデザイン会社に勤務。その後、活動休止期間を経て、現創展に出品(東京都美術館)にて賞を受賞。また、画廊ギャラリーステージワン、ひょうたん会に出品する。高さ50センチの大ぶりの瓢箪作品も制作しています。
※瓢箪について
古来、神霊が宿るものとされ祭具に用いられた瓢箪。そのくびれは吸い込んだ邪気を逃さず、末広がりの形は縁起の良いものとされ、お守りや魔除けとして用いられてきました。 鈴なりに実る様子からは家運興隆や子孫繁栄の象徴ともされます。

〔本選会での作曲者・演奏者・審査員の集合写真〕
第2回パープルリボン作曲賞・受賞作
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━━音楽で
非暴力の輪 広げよう! ━━
〔パープルリボン作曲賞の受賞発表〕
本選会当日夜、審査員による最終選考会議が行われました。
全ての曲について、審査員の野村誠・清水友美・草柳和之により、作曲家・現代音楽専門の演奏家・心理臨床家、それぞれの立場から多角的な評価がなされました。今回の応募作は、作風が極めて多様であり、その曲の良さ、ねらいとするところの適不適を評価することに困難も伴いました。審査員間で曲の評価の多くは一致した面もありましたが、最終的な意見が分かれました。
そして厳正な論議の結果、受賞を以下の作品と決定しました。その結果を以下に公示いたします。

〔作曲者近影〕
■持麾
勉(もつざい・つとむ)作詞作曲 「サボテンのうた」
〔作曲者紹介〕
1999年東京音楽大学作曲専攻卒業。2001年東京音楽大学大学院作曲専攻修了。有馬礼子、北爪道夫の各氏に師事。主な作品は合唱曲、ピアノ曲ほか室内楽、吹奏楽、管弦楽曲等。2004~6年青年海外協力隊隊員として、南米のパラグアイ共和国に派遣される。現地の青少年オーケストラを指揮指導し、演奏発表等を行う。帰国後インターナショナルスクールで、管弦楽曲のアレンジャーとして活躍する。JASRAC会員。一般社団法人日本作曲家協議会の正会員。近年は、実地&オンラインによる和声教授ならびに、オンラインによる作曲指導を実施している。
〔曲目解説〕
規則正しい時計の振り子が狂っていくかのような、即興を交えた痛みの表現から始まる本作は、サボテンに想を寄せた歌曲集(全6曲)。そのありようは自らに望みたい属性であって、暖かな励ましとともに閉じられる。尊厳ある個人として堂々と。各曲は、間奏をはさみ連続して歌われる。

以上、今後とも本事業の発展のため、「音楽で 非暴力の輪 広げよう! 」を実現のため、広く各方面の方々からのご理解とご協力を、何卒よろしくお願いいたします。
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【審査員講評】
■野村
誠
(photo
by Alexandra Mleczko)
「第2回パープルリボン作曲賞講評」
受賞作品の持麾勉さんの《サボテンのうた》は作曲者ご自身の作詞による6曲からなる歌曲で、非常に聴き応えのある作品でした。受賞おめでとうございます。また、当日の審査会で結論が出ずに後日に審査を持ち越すほど、他の作品もそれぞれの特色があり魅力的でした。受賞に至らなかったとしても、自分の音楽を信じて創作を続けていってくださればと思います。また、本選に残らず譜面審査で選外になった作品の中にも、本選会で実際の演奏で体験したいと思う魅力的な作品が複数ありました。
本選会では、演奏家の方々の熱演で聴かせていただき、大変充実したプログラムで、素晴らしいコンサートになっていたと思います。審査員なので演奏に没頭せず、演奏の出来栄えに左右されずに曲の魅力を譜面から判断するように心がけました。演奏者が変われば違った解釈があり得るわけで、再演を重ねることで作品の味わいがより広がるケースもあり、審査に当たっては、そうした作品の将来まで考えながら鑑賞させていただきました。
作曲賞に応募すると、「自分はこういうことができる」という作曲の技術を審査員にアピールしたくなるかもしれませんが、その必要はありません。作曲の技術をテストしているわけではないので、純粋に創作し、色々な技巧を不必要に盛り込むことで、コンセプトが逆に曖昧になってしまうこともある、と感じました。ご自身のテーマを深く掘り下げ、音楽の根源と向き合い、自分自身の表現として必然性がある音を書くこと。それが、やはり一番説得力があると思います。非常にシンプルで一見稚拙な譜面に見えても、必然性のある音が書かれていれば、それは力強い表現になり得ます。
テキストとどのように向き合ったか、も「歌曲をつくる」上で非常に重要なことだと感じました。パープルリボンというテーマで、どのように音楽で訴えていけるのか?単なる朗読で伝えられるメッセージを超える「うた」とは何か?暴力への絶望や微かな希望を、いかに歌にできるのか?被害者の苦しみを強く訴えるだけでも、鑑賞者の耳に響かないかもしれません。ユーモアを入れて深刻さを和らげるのか、でも逆に問題の深刻さをしっかり訴えられるのか?どう伝えれば、どう訴えれば、いいのでしょう?そうした試行錯誤を音楽として成立させる葛藤にどう向き合ってこられたのかを、できるだけ譜面から読み取ろうとしました。
作曲賞の本選会の後、自分自身の様々な〆切に追われ、講評を書くのに7週間の時間が経ってしまいました。今、改めて譜面を見返しながら講評を書いておりますが、本当に素晴らしい作品を書いていただき、ありがとうございました。難曲を演奏していただいた演奏家の皆さん、本当にありがとうございました。今後も、暴力やハラスメントがなくなる世の中に向けて、音楽を通して、皆さんと共に活動していこうと思いますので、今度ともどうぞよろしくお願いいたします。
■清水
友美 
「第2回パープルリボン作曲賞の審査を終えて」
第 2回「パープルリボン作曲賞」には、第1回と同様に多様で個性豊かな作品が揃い、本選会での素晴らしい演奏と、会場の熱気に感激しました。女性に対する暴力根絶のシンボルである「パープルリボン」を冠した、このコンクールに関わって下さった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
もともと「パープルリボン作曲賞」設立について草柳氏からご相談を受けたのは、およそ4年前だったかと思います。私はその構想に賛同しつつも、「パープルリボン」の認知度はまだ低いのでは?果たして応募作品が集まるのだろうか?という不安を感じていました。
しかし良い意味で予想は裏切られ、第1回の作曲課題「ピアノ曲」は、なんと36作品も寄せられ、音楽ジャンルも書法も様々。作曲家の方々の年齢も境遇も見事にバラバラで、マイノリティの方もおり、多様性に満ちていました。このコンクールならではの傾向であり、胸を張りたい気持ちです。なぜなら、私自身がライフワークとして「共生&平和」をテーマに音楽家や俳優として活動しており、多様性を認めあえる社会になってほしい、と心から願っているからです。
この作曲賞の大きな特徴は、「応募の動機や問題意識」「曲目解説」も審査に大きく関わる点でしょう。3人の合議で審査を行いましたが、第1回目のコンクールでは、音楽性と、女性への暴力を(というよりは、あらゆる暴力を)撤廃するという問題意識が両立した作品には残念ながら出会えず、準グランプリを3作品選出する、という形を取りました。
2022年の第1回目は「新たなコンクールの設立」という産みの苦しみがあり、私たち審査員も手探り状態、試行錯誤の日々でした。2025年の第2回目は、多少は運営や審査がスムーズになるだろうか…と思いきや、甘い考えであったと思い知らされました。課題を「歌曲」としたため、当然「歌詞」があるわけです。今回は25作品の応募がありましたが、どうしてこの詩を選んだのか?あるいは書いたのか?疑問に思われる作品もありました。私自身、作曲だけでなく歌詞も含めてポピュラーソングの制作依頼を受ける事が多く、言葉を選び、詩を書き上げ、詩を活かす音楽を創る難しさを日々実感しています。もちろん、大きな喜びもあるのですけれども…!
そして1次審査の時点で「歌詞」についての3人の審査員の見解も、それぞれ異なると実感しました。私自身が推していた作品も、1次審査を通過できませんでした。そして本選会の審査も、1日で審査を終える事ができなかったのです。(第1回目の時は、まがりなりにも数時間で審査を終えられたのですが。)
「応募動機・問題意識」「曲目解説」に加えて、歌詞でも「パープルリボン」の理念を問いながら審査するとなると、こんなにも困難であるとは!今後「歌曲」でコンクールを開催する時は、課題として歌詞を決めておくか、あるいは作曲コンクールの前に「作詞コンクール」を設定して、パープルリボン作曲賞にふさわしい歌詞を選定しておくことが必要かもしれません。
これだけ応募作品が多様であって、しかも本コンクールのコンセプトも併せると、一定の基準で審査することが困難でした。最終的には、私自身が子供の頃から性被害やデートDVに苦しんできた経緯があるため、応募動機や歌詞に共感できた作品を、且つピアニスト・歌手として活動する自分が「演奏したい・歌いたい」と素直に思えた作品を選ばせて頂きました。本選会の直後にも申し上げました通り、つまりは私の「好み」ですので、選外であった皆様も素晴らしい作品であったことを申し添えさせて下さい。
そんな中でも、今回「パープルリボン作曲賞」を受賞された持麾勉氏の「サボテンのうた」は、審査員3人全員が「最も賞にふさわしい作品」であると意見が一致しました。おめでとうございます。歌詞も持麾氏によるものですが、個人的意見として、もし今回「オリジナル作詞賞」なるものがあったとしたら持麾氏に差し上げたいと思うほどに、私にとっては秀逸でした。
実を言えば、持麾氏は第1回目の本コンクールで「ひまわり賞」を受賞されています。私自身はDV(ドメスティックバイオレンス)被害者である女性達の手記をもとにした朗読舞台「ひまわり~DVをのりこえて」に長年取り組み、役者やダンサーとして出演しています。その劇団と、草柳氏とのコラボとして、第1回「パープルリボン作曲賞」では「ひまわり」の劇中音楽にふさわしいピアノ作品も募集し、私が持麾氏の作品を選出したのです。
持麾氏の他にお二人、池田文麿氏と山本学氏による応募作品も「ひまわり」の劇中音楽に入れさせて頂き、私が改めて演奏・レコーディングした音源を、実際に演劇に取り入れています。初コラボとなった川崎の平和館での上演会には、お三方とも会場にご来場下さいまして、主催である横浜YWCAの皆様やお客様にもご紹介いたしました。
驚くことに持麾氏はその後も、私を含め劇団メンバーが千葉県からの依頼を受けて開催した「ひまわり」ワークショップ等にもご参加下さり、DV被害者の実態や想いを、朗読で疑似体験されました。そして今年、第2回コンクールにも応募され、見事1位となられたのです。1度受賞されても決して満足せず、DVや性被害について貪欲に学び続ける持麾氏の姿勢や、それらを昇華させた今回の応募作品には、敬服しました。私にとっても、パープルリボン作曲賞によって新しい交流が生まれ、お互いに学びあい高めあえる事に感謝し、大いに感激しています。
再びご応募して下さった方としては、前回に準グランプリを受賞され「ひまわり」劇中音楽にも採用させて頂いた、池田文麿氏も同様です。池田氏が今回の応募作品として作曲された歌は、大越桂氏による「平和のまんなか」という詩だそうですが、私には大変印象的でした。この方の詩集をぜひ読んでみたい、叶うなら朗読してみたい。池田氏の応募作品も、歌ってみたいと思わされる作品でした。
常に学び続け、現状に満足せず、より向上していくには苦労が伴いますが、私自身も「非暴力の文化」を広めたいと奮闘しています。
先述した「ひまわり~DVをのりこえて」は2004年から全国各地で上演している朗読劇であり、脚本の内容が古くなってきたにも関わらず、ここ数年そして来年にも複数の公演依頼があります。当時に比べればDV(ドメスティックバイオレンス)という言葉が浸透してきた実感はありますが、誰もが被害者にも加害者にもなり得ると、自分事として捉えられている方はまだ多くないように思います。特に「精神的」な暴力となると、ご高齢の方からは「私たちの世代では当たり前だった」とDVとは認めないご意見も多いのです。
若い方々にこそ伝えなければと考え、「デートDV」をテーマに現代に即した音楽朗読劇を創ろうと、私から劇団メンバーに提案しました。「保健室の恋バナ+α」という書籍を見付け、実際に中学校の保健室の先生であった著者の方にも会いに行きご了承を頂いて、朗読とピアノの生演奏や歌を組み合わせて演出し、高校の授業にて朗読体験ワークショップを開催する活動を6年前から始めました。その本では、中学生のリアルな「デートDV」が描かれています。セリフを声に出して疑似体験してもらうと、多くの生徒達が「交際相手への暴力」は、身体的にも精神的にも絶対にダメであると気付き、もし友人が被害にあっていたら、このワークショップで体験したことを伝えたい…などと感想も教えてくれるので、私たち劇団メンバーもやり甲斐を感じて活動を続けています。ラストの場面では全員で声を合わせて歌うのですが、高校生たちが毎年、元気いっぱいに歌ってくれるので、音楽の「伝える力」「共感を得る力」も大きいなと感じています。
「音楽」を通じて「セクハラ・DV・性暴力」を無くしたい。その想いは私も大きく、パープルリボン運動の11月や国際女性デーの3月には、積極的にコンサートや音楽劇の上演を行ってきました。そして草柳氏が野村誠氏に委嘱したピアノソロ作品「DVがなくなる日のための『インテルメッツォ(間奏曲)』」も、事ある毎に演奏してきました。実を言えばこの楽曲を演奏した事が、お二方と知り合うキッカケとなったのです。そして「パープルリボン作曲賞」設立にも繋がり今に至るのですから、なんとも不思議なご縁ですし、音楽が人を結びつける力に驚きます。
新しい作曲コンクールを立ち上げる苦労はもとより、継続する困難さも計り知れません。主催の草柳氏の熱意と行動力によって「パープルリボン作曲賞」を第2回まで実現でき、既に第3回の構想も、草柳氏から伺っています。私自身も審査や、今までの多くの関連コンサート出演を経て、貴重な経験をさせて頂き、大変意義のある活動であると思いを新たにしています。今後も審査員や演奏者として協力できたらと思いますし、皆様とともに学び、交流を深め、問い続けていきたい。大好きな音楽を通して、誰もが生きやすい、多様性を認め合える社会の実現を目指して活動していきたいのです。
冒頭にも書きましたが、パープルリボン作曲賞に関わって下さった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。皆様の益々のご活躍をお祈りすると共に、今後もぜひ関わり続けて頂きたいと、心より願っております。
■草柳 和之 
「本作曲賞創立者としての心理臨床家からのメッセージ」
この特異な作曲コンクールに、多くの方が応募曲を届けたいとの思いを持たれたこと、そして本選会に予想を超えた多数の方が来られたことは、本作曲賞の創立者にとって大きな安堵であり、喜びでした。一専門職に過ぎない人間が、無謀にも作曲コンクールという形式で、DV・性暴力をなくそうと呼びかけた、その目的に賛同し、新たな創作物をもって世に訴えたい、そのような方がこれほど多数存在することに、創立者・草柳和之は心から感謝申し上げます。
第2回作曲賞事業の遂行には、創設時の第1回作曲賞以上に、想定外の困難・ドラマ・事件が伴いました。応募された曲のスタイルは、歌謡曲風、ノンジャンルとも言うべき今風の曲、無調の歌曲、前衛と、極めて多岐に及びました。予想はしていたものの、これらを直接比較し、優劣を評価するなど、本当に無理極まることでした。しかし作曲賞という特殊な設定上、無理を通さねばなりません。譜面審査を通過しなかった作品にも、歌い継がれ聴き継がれていって十分よい、と思われる曲が、実際ありました。
また一方で、「DV・性暴力をなくそう」というテーマと何ら関係ない問題意識の曲が届けられたことは、理解に苦しみました。
当方は審査を通じて、当然すぎることですが、歌曲における歌詞の重要性を痛感させられました。気づいたのは、詩作が本職の人物以外の作品に曲をつけた場合、特に自作の詩の場合、音楽のみならず作詞を含めての審査になる、ということでした。自作の歌詞は、時に、それがハンデとなるケースさえあると思えました。
ある応募者による、自作の詩の歌曲を思い出します。歌詞を読むと心を打たれました、何と選び抜かれた言葉で、繊細に構成された歌詞であったことか――当方は、この詩に乗った音楽をぜひ実演で聴いてみたくなりました。しかし、その最後一くだりが余りにあっけなく、終結に相応しくなかった。それまでの表現の質の高さを、明らかに損なっており、それゆえ、曲が特に不出来であった訳ではありませんが、本選会のノミネートを断念しました。本当に惜しまれました。いかなるジャンルでも、その創作物をどう締めくくるかは、難しいものです。
最終的に、審査員の議論で受賞候補として絞られたのは、池田文麿「平和のまんなか」、持麾勉「サボテンのうた」、安田宏「新曲この闇を抜けて」(作曲者の50音順)、の3作でした。池田作品は、調性音楽でありながら、通常の調性音楽にない、いわばトチ狂ったような音の動きが、独特な魅力を放っていました。その連作の終曲は、馴染みやすい、それまでの紆余曲折を経ての落ち着き感を与える曲想で、その効果が前半はよく現れていましたが、途中から緊張感が途切れて長すぎる印象となり、もうひと捻り何らかの工夫が必要との感想を持ちました。安田作品は、音が少なく厳選されている中に、絶望的な曲想を展開している点が、印象深く思われました。
しかし、持麾作品は他に比して、やはり出色でした。生来的な内なる明るさがあり、平明にして浅薄に陥らず、簡潔にして豊かさが感じられる、そして、音楽することの上質な愉悦があり、伴奏のモチーフの設定やリズムの活用が実にうまい、まるで作曲のお手本を思わせました。一方、作曲者自作の歌詞に、ある不満を覚えました。「サボテン」を「人間のあり方」のアナロジーに設定すると、必然的に表現される範囲が定まってしまい、その内容がほぼ予測可能、すなわち、ありがちな発想にとどまってしまう、という点ですした。
谷川俊太郎の詩を読めば誰もが感心するでありましょう。詩作を生業とする作家であれば、何気ない日常世界のテーマであっても、ありふれた言語素材を使って、我々をハッとさせる言葉の組み合わせの妙を見せる、そのような現象も起こります。だが、作風がその域に達するのは、並大抵ではありません。当方は一旦、単独の受賞作とすることを躊躇しました。しかし時間がたつにつれ、音楽の力がこの詩の限界を凌駕していると感じられ、それを重視しようと決断し、受賞作となったのです。
最後に、形式的で恐縮ながら、応募する方に、作曲賞事務局としてぜひとも心得ていただきたいことがあります。それは、要綱に記載済みですが、歌詞の著作権の問題をクリアした後に、作曲に取りかかっていただきたいことです。これは「当たり前すぎて、言及するまでもない」と思われるでしょうが、これに抵触する「事故」が起こったのです。
事務局では、譜面と書類が届いた際、提出物が十分条件に合っているか、チェックを行います。ある応募者の曲の歌詞は、官公庁発行のポスター(DV・性暴力防止の内容)に使用の言葉が用いられていました。この歌詞の選定は確かに面白い、しかし通常、このような官公庁発行物の言葉を歌詞として許可を得るのは極めて困難です。作曲者に確認したところ、本人の独自な判断により許可を取っていませんでした。改めて発行元に問い合わせたところ許可が下りず、やむなく応募辞退扱いとなりました。せっかくの作品が世に出せなくなるのは、極めて残念なことでした。
幾多の困難を経て、第2回パープルリボン作曲賞の事業を終結することができました。事務局としての作曲者との対話、譜面審査段階での作品の個人的試演、本選会当日に起こった出来事、審査員同士の議論、それらから発見したこと、学ぶことが数多くありました。音楽を使って非暴力のヴァイブレーションを伝えようとする人々が、本作曲賞を機会として参集し、その力が高まることを期待し、第3回以降の作曲賞事業を発展させたいと思っています。
末尾となりましたが、今回の作曲賞にかかわった全ての方に感謝し、この講評を掲示します。
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《草柳和之・講評-補遺》

ここで、応募作審査にあたって生じた、本作曲賞ならではの「事件」について記したいと思います。
草柳は、ある応募作の詩を見てショックを覚えました。DV・虐待等、トラウマの心理臨床を専門とする当方にとって、耐え難く思われた。「この詩で歌われる作品を本選会で演奏してよいものか・・・」、非常に躊躇しました。今回、萩原朔太郎・中原中也といった近代日本を代表する詩人による詩の歌曲がありましたが、それに匹敵する著名詩人の作品による歌曲でした。
詩の内容は、以下のようなものです。DV・性暴力・いじめ・犯罪被害、全てに共通なのですが、被害者が自らの声をあげようとしても、周囲の人々による批判的言動により口をつぐんでしまうこと、自らの感情等を実感できなくなること、世の人々が被害者の立場を尊重しない言動や制度による苦しみを「社会のせいにする」こと、これらに対する非難の言葉で構成されていました。しかも「ばかもの」という強烈な非難の言葉を含んでいました。
これほどあからさまに「被害者非難」を前面に押し出した詩が存在することに、当方は茫然としました。作者の意図は不明です。後に知ったのですが、この詩は作者の中でも特に有名なものでした。
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この詩が書かれた当時、以下のような、トラウマの後遺症についての理解は、全くなされていなかったと思われます。
人間には、限界を超えた苦痛や危険に晒された際、次のような反応が起こりえます。例えば、「感情が感じられない」という感情鈍麻/日常知らない間にボーッとした状態に陥り気がつくと1~2時間経っていた、性被害にあった経験を忘れており、数時間あるいは何年もたって思い出すといった健忘/声が出なくなるという失声症、歩けなくなる、事故に遭ってケガで出血しても痛みを感じない、音が極度に聞こえにくいあるいは聴覚の消失、といった感覚・運動機能の障害――これらは解離性障害と呼ばれます。
また、PTSD概念の適切な理解も重要です。これは、Post Traumatic Stress Disorderの略称、直訳は心的外傷後ストレス障害です。現在、この言葉は多くの人が知るところとなっています。しかし、PTSDの定義を読んだことがあるでしょうか。ほとんどの方は読んでいないと思われます。
実はPTSDは医学の専門用語です。専門用語ということは、定義通りに使用すべき言葉であり、自分なりの理解で使用してはならない言葉、ということです。
簡単に説明しましょう。日本の専門家に広く用いられている米国精神医学会の診断基準では、以下6項目すべての条件が存在する時、PTSDと判断します。
①人の生命を脅かすような強烈なストレスを与える経験に晒された、またはそれを目撃する経験が存在すること。例えば、地震や津波など自然災害に遭遇、戦争を経験する、重大な交通事故や航空事故に遭遇、暴力的な犯罪に巻き込まれる、強制性交・性虐待などの性被害を受ける、などです。
②侵入的症状が存在する→→心的外傷の経験が苦痛な記憶として甦る、またはその出来事が起こっているように再体験する(フラッシュバック)、悪夢が繰り返される。
③回避症状が存在する→→トラウマを思い出させる物事(活動、状況、人物)を執拗に避ける。例えば、暴力をふるわれた場所を避けたり、加害者と似た人と話すのを避ける、心的外傷的出来事について考えたり、感じたり、話すのを避ける等。
④認知および気分の陰性変化が存在する→→色々なことに興味を失う,無関心,認知の歪み,幸福感や満足感の消失,自身や他者について過剰に否定的になる、罪悪感、抑うつ、心的外傷的出来事に関する解離性健忘、等。
※詩では、この項目の被害者の反応への批判的言葉が含まれます。
⑤過覚醒などの反応の変化→→不眠、怒りっぽくなる、集中困難、反応が過剰になる、等
⑥症状②~⑤が、1か月以上続いている。
以上、6項目すべての条件が揃って始めて、PTSDと判断します。症状②~⑤の一部しか存在しない場合、partial PTSD(部分的PTSD)と呼びます。もし、震災後1-2週間経過した段階で、新聞に「PTSDをもつ人が増えている」との記事が掲載されたとしたら、それは間違いです。1か月以上経過しなければPTSDとは呼びません。1か月以内で同様の症状がある場合、ASD(Acute
Stress Disorder:急性ストレス障害)と呼びます。
このような記述を読めば、多くの人がPTSDに関してあやふやな理解を持っていると分かるでしょう。
また、詩では被害者が「社会のせいにする」ことに対して強烈な批判の表現が存在します。しかし今日、トラウマ被害からの回復のためには、旧ジャニーズ事件のように、性暴力被害者が世の人々の無理解や誹謗中傷の問題をマスコミで訴えるなど、被害者同士が連帯して他者の責任を社会化する、すなわち「社会のせいにする」ことは、回復の重要なステップと位置づけられています。他には、被害者の自助グループ活動や、刑法改正の際のロビー活動などが挙げられます。これらは被害者の抱える私憤を、公憤に変容する作業です。
この詩の作者は、昔のことでもあり、以上のような知見は知らなかったはずです。しかし、21世紀の今日、DV・性暴力防止のシンボルマーク「パープルリボン」を冠している作曲コンクールの本選会で、これを歌詞とした曲を演奏してよいものか、根本から考えねばなりません。
本選会の会場には、何らかの被害者がその場にいる可能性が高いと思われます。被害者がこの歌曲を聴くことは、大変苦痛を伴うでしょう。すなわち、本選会が公然と2次加害の場となります。そして同時に、加害行為を隠蔽し応援する役割と化すのです。
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しかし、即座に本選会には落選と判断するほど、事態は単純ではなかった。他の応募曲と同様、当方はピアノ伴奏譜を不完全ながら試演し、声楽部分を声に出していくと、驚くべきことに、何ともいえず感動的な音使いに思わず涙が滲んできたのです。「疑いなく本選会で聴く価値がある」と直感した、しかしトータルでこの曲をどう評価すべきか、苦悩は一段と深まりました。
音楽を評価すれば、本選会に通すべき曲でした――実際、他の審査員の評価は高かった――他の作曲コンクールならば本選会で演奏、いや、何らかの受賞を得た可能性すらあると、当方は今でも考えています。歌詞の問題性によって音楽を却下する、このような判断をしてよいものか、本当に迷いました。が、しかし、曲を聴いた被害者の生きる力を損なうことはしたくない、被害者を大切にする、というパープルリボンの理念を優先しようと、最終的に決断したのです。
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一方、本作曲賞に応募するならば、この詩を用いてはならないかといえば、それは「否」と考えます。それは、この詩を用いる文脈による、ということです。
ジャンルは異なりますが、伊丹十三監督の映画「マルサの女2」が、その好例です。時はバブル全盛期、政治家が宗教団体と結託して、大規模な地上げ行為を行い、その収益の脱税行為を進めていたが、国税局査察官(マルサ)は、その企みを暴いていく、という話です。物語の最終局面、マルサは悪企み連中の何重にもわたる防衛線を突破し、見事に彼らを追い詰め、脱税の摘発に成功しました。ハリウッド映画ならばここで大団円、マルサは喝采を浴び、観客を満足させて終わったはずです。
しかし伊丹監督はそうしなかった。最終シーン、政治家と建設業者は、これから高層ビルを建設せんと地鎮祭を行い、目的達成の祝杯を挙げているのだが、マルサの人々はそれを背後から悔しそうに眺めているのです。確かにマルサの戦いは勝利した、物語は痛快だった、しかし諸悪の根源は手がつかずだった。「これは真に勝利と言えるのか?」「このままでよいのか?」と問いを残して終えるのです。この問いはマルサに対してだけでなく、映画の鑑賞者に対しても向けられています。
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最終シーンの存在により、マルサの勝利の意味は全く変化しています。「大きな問題が残されている、これを一体どうするのか?」という批判精神を表現するための文脈に再編されているのです。
今回言及の詩も、そのまま使用するのではなく、前後に何かを付加することにより、被害者を苦しめるバッシングや無自覚な差別意識がいまだに社会で根強い、それを批判する文脈に入れこむことは、十分可能に思われます。もちろん、このような形で歌詞として使用することに関して、作者ないし遺族に許可を取る必要があります。
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草柳は、日々、ケースを通じてトラウマ被害者の痛みに同伴し、回復を支援し、さらに加害者の更生を促進する活動にまで携わっていますが、その専門職の枠を超え、この問題をなくすために社会に訴え働きかけることに心を尽くしています。それゆえに、作曲賞創立者の立場から、以上を受けて次のことを提案します。
今回の応募者による曲の解説文を読む限り、DV・セクハラ・性暴力の問題を直接扱っている曲の割合は半数に届かず、それらの問題から派生する一面、例えば、孤独・癒し・平和等をテーマとした音楽が大部分を占めました。すなわち、パープルリボンという女性に対する暴力防止のテーマを、作曲者にとって取り扱いやすいテーマに読み替えて作曲した例が多かったということです。そのため、被害を受けるとはいかなる現実の体験か、という重さ・絶望感から離れて、観念的な詩や問題意識とも思える応募作も存在したのです。
もちろん、このようなテーマの読み替えを行うことを全面的に否定するわけではありません。最終的に作曲者が取り扱いたい問題意識に絞って作曲する以外にないと考えます。しかし創立者としては、直接扱う曲が増えることを希望します。
そのためには、この領域に関して、事前の情報収集をしていただきたいのです。DV・性暴力等の被害者の手記も出版されています。DV・セクハラ・性暴力等の被害を受けるということはどういうことか――加害者による暴力への直接の対処だけでなく、周囲の人からも無理解・非協力にさらされ、加害者はことごとく有利な立場にあり、自身の努力が無力化されやすく、常に傷口に塩を塗られながら生きねばならない、という負のスパイラルに陥りがちです。これは決して大袈裟な表現ではありません。激しい暴力にさらされる瞬間以外にも、ある種、緩慢な極限状態の中で生きることを余儀なくされるのです。
このような被害体験の性質に少しでも触れる作業を通じて問題意識が練られ、曲のテーマも被害の体験に沿ったものとなり、音使いの質も深くなると思うのです。トラウマの問題や回復について適切に知るための一般向けの本も刊行されているので、曲を構想する前にそれらを読むことも歓迎します。
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当該の作曲家には、このような重要な論点を提起していただいたことに、感謝します。譜面審査段階での迷いや思索は精神的消耗でもあり、この講評・補遺を執筆するのも難儀しましたが、音楽の奥深さを感じる体験でもありました。
以上、この特異な作曲コンクールの創立者として、作曲家の皆様に更なる発展へ向けて提言したいとの思いが、いささか過度になったことは否めません。ともあれ、第2回パープルリボン作曲賞の講評として、この長文の補遺を、音楽を愛するすべての人々に捧げたいと思います。